はじめに
先日、ブログでSTEM教育を取り入れる学校について紹介しました。
ICT化が進む現代社会では、多角的に考えるために理系のアプローチは重要であり、積極的に学んでいくべきだということです。こちらは学校の取り組みでしたが、さらに、新卒の採用に大きな影響を持つ経団連も動いています。将来的には文系・理系といった区別はなくなるのでしょうか。
経団連・・・正式名称は一般社団法人日本経済団体連合会。経団連は日本の大手企業を中心に構成される団体。「財界総本山」とも称される。日本商工会議所、経済同友会と並ぶ「経済三団体」の一つで、三団体の中でもその影響力は際立って大きい。以前は経済産業省所管の社団法人であったが、公益法人制度改革に伴い内閣府所管の一般社団法人へ移行した。
そもそもなぜ文系と理系が区別されているのか
日本の教育が文系と理系に分けられたのは1918年ごろのようです。社会学を専門とする東京工業大学名誉教授である橋爪教授によると、文系と理系に区別したのは予算がかかる学問の学生数を制限するためだといいます。
そもそもこんな区別があるのは、発展途上国の特徴である。黒板とノートがあればすむ文系にくらべ、理系は実験設備に金がかかるので、明治時代の日本は、学生数をしぼらざるをえなかった。そこで数学の試験をし、文系/理系をふり分けることにした。入試問題が別々なので、その前の段階で文系/理系を選択しなければならない。
出典: 『橋爪大三郎の社会学講義2』
これからも区別は必要か
文系と理系を区別した理由が、橋爪教授のいうものであれば、日本は先進国の仲間入りをしたわけですから、経済的にはもはや区別をする必要はないかと考えられます。
加えて、日本の将来を担う人材育成の視点からみると、IT化が進む時代に理系の素養というものはますます必要となると考えられます。プログラミングといった技術、大量のデータに対する分析力や統計の知識などです。一方で、読解力や表現力などの能力も重要視されて来ています。つまり、多角的に物事を考えるためには、文系理系関係なく様々なことを学ぶ必要があるということです。このように考えると、今後も区別すべきなのかは疑問です。
経団連が大学側に教育内容見直しを迫る
経団連が大学側へ文系・理系でそれぞれ偏りすぎた教育内容の見直しを迫っています。文系学生へは「最低限の数学」、理系学生へは「リベラルアーツ(教養)」の充実を求めるといったものです。
(出典:日本経済新聞)
センター試験に代わり実施される大学入学共通テストでも、文部科学省は「情報」を文系・理系とわず出題教科として検討しています。「情報」とはプログラミングや情報セキュリティーの基礎などを学ぶものです。
現状では大学がすぐに文系・理系の区別を無くすといったことにはならないと考えられますが、社会変化と同時に求められる人材の変化を受け、将来的には文理の区別がなくなるかもしれません。