決断させること、それは考えさせること

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「一流の育て方」という本があります。
サブタイトルは「ビジネスでも勉強でもずば抜けて活躍できる子を育てる」です。


タイトルあるいはサブタイトルを見て、
「一流を育てたい」と思って読む方もいるでしょうし、
「一流でなくても幸せならいい」と思って読まない方もいると思います。


しかし、読んでみると前者の方はもちろんですが、後者の方にもとても参考になる本だと感じました。
筆者は次のように述べています。



 本書は幸福な自分らしい人生を切り開く子どもを育てるための、「子育ての教科書」を求める親御さんや、子育てに携わる方々が一義的な対象読者である。しかし広義には、主体的に幸せなキャリアを切り開きたい全ての方々が対象となろう。
(出典:一流の育て方)


「幸福な自分らしい人生を切り開く子どもを育てる」「主体的に幸せなキャリアを切り開く」ということは、ほぼ全ての方が対象となるのではないでしょうか。

基本的には子育てを中心に話は構成されています。
「自分を育てる」といった観点も取り入れると、ご自身にも役立つものがあるがあると思います。


「一流の育て方」の目次は以下の通りです。

第1章 「主体性」を最大限に伸ばす
     自分を知り、自分で決められる力を育てる
第2章 「視野」を広げ、天職に導く
     選択肢を増やし、得意分野に進ませる
第3章 やり抜く力「グリット」を育む
     真剣に挑戦させ、簡単にはやめさせない
第4章 一流の「コミュニケーション能力」を磨く
     人から信頼されるために必要なコミュニケーション能力の本質
第5章 これで自分から「勉強」するようになる
     放任や強制より、「動機づけ」が大切
第6章 「勉強以外の勉強」をさせる
     テスト勉強より、「しつけ」こそが一生の財産に
第7章 「無償の愛情」」を感じさせる
     最も大切な親の仕事

どの章もとてもおもしろいのですが、今回は第1章から1つキーワードを取り上げ、掘り下げていきたいと思います。


今回のキーワードは第1章の「主体的に決断させる」です。


このキーワードを選んだ理由は、「決断させることは考えさせること」であり、とても重要だと感じたからです。当然ながら他人や親に決められた習い事や進路などは、自分で考えることをしません。責任が自分に生じないためです。最悪の場合、うまくいかなかったことを人のせいにし、人間関係も悪くなります。


対して、自ら決断することで生じるのは自己責任です。この責任の所在が自ら考えることへ大きな影響を及ぼすと考えられます。結果に対して人のせいにはできません。
決断の際には、良い結果になるにはどうすべきか自分で考えますし、経過や結果がうまくいかなかった場合は反省して次はどうすべきか自分で考えます。
また、「あの時こうしておけば良かった」という後悔は誰しもあると思いますが、自分で決断したことであれば圧倒的に後悔も小さく、割り切れるのではないでしょうか。


主体的に決断させること、つまり自分で決断させることの重要性がわかります。


ここで注意すべきことは、子どもに決断させるときは、親は情報・アドバイス・選択肢を出来るだけ子どもに提示することです。放置ではないということです。情報を収集する力は大人の方が優れています。その上で自分で選択をさせます。強制ではなくサポートという姿勢が大切だということです。


子どもは成長していつかは自立していきます。
親が子どもの真の幸福を願うのであれば、人に決断を任せるような受け身の人間ではなく、主体的に幸せなキャリアを切り開く人間になってもらいたいと思いませんか?


もし、子どもに決断させる機会が今までなかったのであれば、少しずつでも主体的に決断させる機会を増やしてみるのも良いかもしれません。
まずは選択肢を用意してあげた上で、レストランのメニュー、服、おもちゃ、習い事、塾選びなど、身近なことで良いと思います。


みなさんは「主体的に決断させる」ということをどのように考えますか?

プログラミング教育はプログラマーになるためではない?

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2020年にプログラミング教育が必修化になりますが、プログラミング教育の必要性について、腑に落ちる説明を見つけました。



音楽を勉強したからミュージシャンになるわけではない。国語を勉強したから作家になるわけでもない。プログラミングも同じ。コンピューター社会で生き抜く力をつけるための教養として必要だ
(NPO法人「CANVAS」理事長 石戸奈々子さん 読売新聞より)



確かに石戸さんの言う通りです。


理科を勉強したから研究者になるわけではない。
体育の授業を受けたからプロスポーツ選手になるわけではないプログラミングを学んだからといって、プログラマーになるわけではないというわけです。


石戸さんのこの説明にはとても納得させられました。


石戸さんはコンピューター社会とその社会で求められる人材を次のように分析しています。


これまではIT人材というと、コンピューター、プログラム(ソフトウェア)、通信、インターネットの情報(コンテンツ)に携わる人を指した。しかし、最近は事情が変わった
(中略)
コンピュータとインターネットがありとあらゆるところに広がっている。モノとモノをつなぐIoT、AI(人工知能)の普及もあって、全産業、生活の場でITを活用するようになった。求められる人材の数、領域ともに拡大している。
(NPO法人「CANVAS」理事長 石戸奈々子さん 読売新聞より)



国語・算数・理科・社会・英語・プログラミング・etc...


プログラミングはもはや社会を生き抜いていくための基礎的な教養に位置付けられているわけです。


産業界と教育界の連携が強まっている事にも注目すべきです。
産業界が求めるIT人材像を明確にし、教育界のカリキュラムに導入する方策が既に動き出しています。この5月に、企業や大学研究者などが集まり「超教育協会」が発足しました。学校、地域、産業の枠を超えた人材作りに取り組むそうです。


教育界では「学校教育法」が改正され、タブレット端末などの「デジタル教科書」を2020年度から使用できるようになります。


社会のIT化はますます加速しています。
今私たちが生きている社会を認識し、変化にも柔軟に対応していくべきではないでしょうか。

 

 

世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?

こんにちは。渡邊です。

 

先日、「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」山口周著(光文社)という本を読みました。

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非常に共感・納得できる内容だったのでご紹介したいと思います。

 

著者によると最近は、MBA のような伝統的なビジネススクールへの出願者数が減少傾向にある一方で、アートスクールや美術系大学によるエグゼクティブトレーニングに多くのグローバル企業が幹部を送り始めているとのことです。

 

そして、今までのような分析、論理、理性に軸足をおいた経営から、それに加えて、全体を直感的に捉える感性、真・善・美の感覚(これらを総称して美意識という)を持った行動が求められるということです。

 

本書では、「経営における美意識」という言葉を次のように定義しています。企業活動における良い・悪いを判断するために認識基準であり、例えば、

・従業員や取引先の心をワクワクさせるようなビジョン

・道徳や倫理に基づき、行動を律する行動規範

・合理的かつ効果的な経営戦略

・顧客を魅了する商品・サービスや広告宣伝

などです。

 

では、なぜ美意識が必要なのでしょうか?

 

いくつかの論点が本書には書かれていますが、私なりに、簡略化して解釈すると、下記のようなことが理由だと思います。

 

今日のような複雑・不確実・技術変化のスピードが速い現代では、論理的で理性的な問題解決だけでは、無理があるということです。というのは、世界が複雑すぎて、分析・論理などの科学的なアプローチでは、意思決定に時間がかかりすぎてしまうということです。または、合理的に考えれば考えるほど、意思決定ができないという状態に陥るのです。従って、スピード感を持って変化に対応していくためには、感性や直感などが必要だということです。

 

特に、ITや人工知能の進化によって、過去には想像もつかなかったようなサービスがどんどん生まれてきています。そのような中、法律の整備が追いつかないという問題も発生しています。

 

従って、法律などの整備を待って意思決定すると、ビジネスチャンスを失う場合が出てきます。あるいは、整備の前に意思決定する場合でも、何が正しいか自分なりの哲学や感性などの判断基準を持って善悪を考えていくということが大事です。

 

例えば、今開発が進んでいる自動運転車などは、事故を起こした時に誰が責任を負うのか、明確になってはいません。さまざまな企業が連携して開発をしているわけですが、それぞれの企業がしっかりとした倫理観を持って、開発をしていかなければなりません。

 

人工知能もそうです。人工知能は自分で学習をしていきますから、暴走し、人間に不利益を被るようなことを起こすかもしれません。そうならないように、開発や活用段階での倫理観を企業がしっかりと持っておく必要があります。便利になるから開発を進めるという態度では、大きな問題を引き起こす可能性があります。

 

20年後や30年後は、さらに複雑で変化のスピードが早くなっていることは容易に想像できます。

 

そのような時代には、論理的思考力や分析力などの他に、価値観やものの考え方、感性、感覚的なスキルがより重要になってきます。

 

社会が変われば、教育も変わります。いえ、変わる必要があると言った方が良いでしょう。そういう感性を磨く教育も、今後は必要なのではないでしょうか?そんなことをあらためて考えさせられました。

 

ちなみに、この考え方は目新しいものではなくて、オックスフォードなどのヨーロッパのエリート養成校では、昔から特に哲学に代表される美意識の育成が重んじられてきたということです。

 

 

求められる「文章を書く力」 身につけるには?

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記述式の導入が注目されている大学入学共通テスト。


「文章を書くこと」は、小学生のうちから対応することが重要だということです。



読む人を意識した文章を
 大学入学共通テスト(以下「共通テスト」)にかぎらず、これからの入試は自分の考えを他の人に伝える力が求められます。こうした動きに対応するには小学校での勉強のしかたもかえていかなくてはなりません。たとえば、今の理科の実験は教科書に沿った内容を確認することが中心。でもこれからは実験後に結果を考察することや、さらに考察した内容を周りの人にわかりやすく表現することが求められます。
(中略)
 どうしてそのような結果になるのか。入試でも理由を問う出題が増えてきます。対応という意味では小学生のうちから文章を書き、ほかの人に読んでもらうことが重要となります。
(出典:朝日小学生新聞)



文章を書く力は、直前の対策で身につけることは難しいと考えられます。小学生の頃から慣れておき、文章を書くことに抵抗を持たせないことが重要でしょう。


以前にも書きましたが、
大学入試が変われば、その対策をする高校の教育も変わり、
高校の教育が変われば、当然高校側が欲しい人材も変わってくるわけなので、高校入試が変わり、
高校入試が変われば、その対策をする中学校の教育も変わり、、、
といったように、日本の教育全体が変わることが考えられます。


ということは、いずれは必然的に小学生のうちから文章を書く力が求められるわけですが、
皆さんのお子様の通われている学校の教育が、いつ変わるかはわかりません。


ここで生まれるのは教育格差。
英語、アクティブラーニング、プログラミングと、積極的な学校はすぐに取り入れていますが、全ての学校が対応していないのが現状です。


お子様が将来困らないように、今の教育の現状を把握し、環境を用意してあげることが重要だと考えられます。
家庭教育でも良いですし、民間の塾などに通わせることも良いのではないでしょうか。


朝日小学生新聞の記事にある「文章を書くこと」と「他の人に読んでもらうこと」は、家庭でもできると思います。
ただ、教育の現場でよく子どもに言われるのが、「書くのめんどくさい」です。
他人に読ませる以前に書いてくれない。皆さんの家庭ではいかがでしょうか。
子どもが「書くのめんどくさい」と言うときは、おそらく頭の中で書く内容が整理できていない状態だと思います。


そのような場合は、まずは会話から入ると良いかもしれません。
文章のテーマについて話を聞き、ときどき「それはなぜ?」「例えば?」と問いかけます。
会話の中で書く内容が整理されてきたところで、「じゃあそれを書いて」と私は言います。


全ての場合がこの方法でうまくいくわけではありませんが、少し協力してあげると書きやすいと思います。
回数を重ねることで、いずれはコツを掴み、自分の力で文章を書けるようになるのではないでしょうか。

みやぞんの言葉

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『謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)で一躍有名になったANZEN漫才のみやぞんさん。


8月10日放送の「anoter sky」(日本テレビ)に出演し、訪れたスペインの地で自身の生い立ちや芸人を目指したきっかけ、生き方などを語っていました。(スペインはイッテQ!の企画でアクロバット闘牛を成功させた場所。これがきっかけでさらに人気者に。)


普段テレビで見られる「おもしろい」「楽しい」みやぞんさんからはわからない一面を見ることができ、みやぞんさんの言葉がとても心に響きました。
みやぞんさんは今ではとても明るいキャラクターですが、少年時代は辛い時期もあったそうです。


僕は昔「馬鹿だ馬鹿だ」って言われてましたずっと

でも人には人の個性があるからいいかなと
それぞれの人の個性に良い悪いないなと思いました

僕は結構落ち込んだんですけど

色々ないものねだりの時代はありました
なんでうちだけ貧乏なんだろうとか

でも貧乏だから頑張ろうと思えたし
全てプラスに

勉強ができないから色んな経験したいなと思ったし
そういうマイナスの要素が逆に僕をやる気にさせてくれた

(みやぞんさんのコメント 2018年8月10日放送another skyより)



馬鹿とはどのような人のことをいうのでしょうか。
勉強ができないとは学校のテストで点が取れないことでしょうか。


みやぞんさんは独学でギターを弾くことができるようになりました。
高校時代は野球部に所属し、エースピッチャーで4番を務め、大学からスカウトもあったそうです。
イッテQ!でも様々な企画に挑戦し、見事に成功させています。


上達するにはどうすべきか考え、学び、行動してきた結果ではないでしょうか。


個性とはなんでしょう。
「個性(こせい)とは、個人や個体の持つ、それ特有の性質・特徴。特に個人のそれに関しては、パーソナリティと呼ばれる。」
(Wikipediaより)


個性は誰もが必ず持っているもの。このように改めて定義を確認すると、みやぞんさんの言う「個性に良い悪いはない」という言葉も納得できます。「テストの点数が低い」=「個性が悪い」ではないし、「運動が得意ではない」=「個性が悪い」ではないということです。


「個性に良い悪いはない」と理解することができれば、プラス思考に転換し、みやぞんさんのように行動も変わってきます。
また、自分の個性だけでなく、自分以外の個性も受け入れられるようになり、周りの人間関係が良好になっていくことが考えられます。


個性に関して注意すべき点は、簡単に物事を諦めて「個性だから」と逃げないことではないでしょうか。あらゆる物事に対して、問題が発生した時に解決しようとせず、簡単に投げ出してしまう人間になってしまうからです。どこで見極めるのかは難しいところですが、対処法として、「3ヶ月は頑張ってみる」といった期間を定めたルールなどを決めておくことも、1つの方法かもしれません。
ただ、「すぐ諦めるのも個性です」と言われれば言葉の返しようがありません。「どのような人間になりたいか」「どのような人生を送りたいか」を考慮していただき、皆様に判断を委ねたいと思います。



とりあえず僕 面白くないんですよ
ネタもできなければ

色んな人に助けてもらって やってる感じがするんで

本当に目の前の人をどうにか一生懸命
少しでもちょっとでも心を軽くする
っていう気持ちでやってますけどね

もうそれしか考えてないっていうか

(みやぞんさんのコメント 2018年8月10日放送another skyより)



みやぞんさんの尊敬すべきところは、 ありのままの自分を受け入れ、自分にできることが何かを見つけ出し、実行する力と強い信念を持っていることだと私は考えます。
頭ではわかっていながらも、誰しもなかなか無い物ねだりの思考から脱却できないのではないでしょうか。みやぞんさんはその時期を乗り越え、自分自身と向き合って生きることができているのだと思います。 



「another sky」の締めのコメントもとても印象深いものでした。



今田さん「みやぞんにとってスペインはどんな場所ですか?」
みやぞんさん「地球の中の1つの場所」

(2018年8月10日放送another skyより)

「確かにその通り(笑) いや、、、みやぞんは全体を見て1つのことにとらわれない思考の持ち主なのでは。。」
考えすぎでしょうか。


みなさんは、みやぞんさんの言葉をどのように受けとめますか?

深く考えるとは?

こんにちは。渡邊です。

 

さて、突然ですが、深く考えるとは、どういうことでしょうか?

 

一つの事象について掘り下げて考えること!

 

という答えが返ってくるかと思います。

 

では、掘り下げるとは?

 

トヨタ式で有名ななぜを五回くりかえすというのが、皆さんは一番イメージが湧くのではないでしょうか?

 

子どもでも大人でも同じですが、考えましょう!と相手に言っても、「考える方法論」が分からないと難しいかと思います。

 

従って、その型や道筋があると考えやすいということになります。

 

では、どんな型を使って考えれば良いのでしょうか?

 

これも、普段の生活や仕事をイメージすれば、いろいろな型を使って考えていることが分かります。

 

例えば、考える型として、下記のようなものが思いつくのではないかと思います。

 

・比較する

・(本質を)探求する

・関係性を考える

・多面的に考える

・長期的に考える

など

 

他にもさまざまあるでしょうが、これらは普段から自然と行なっていることが多いのではないでしょうか?

 

例えば、家庭での料理を題材にすると、

今日は何を作ろうかと料理を頭の中で発想し、比較する。この時に、家族の顔を思い出し、それぞれの立場に立って(多面的に)、献立を考える。普段から、長期的な健康のために気を使って材料を購入する。など、料理だけでもこのように考える型を使っているわけです。

 

これを、教育や人間の成長に置き換えると、そのような型をいつでも使いこなせるように慣れさせることが大事です。

 

経営学でいうと、この型は、フレームワークと言います。PEST分析や3C分析といったような名前がつけられています。

 

名前はともかくとして、このような考えるためのフレームワーク、道筋を普段から意識して使えるようにすることが、社会に出て活躍していく、成果を上げていくために重要だと私たちは思っています。

 

先日も、小学6年生のレッスンで、民泊について考えました。朝日小学生新聞に民泊の記事があったので、それを解説して、考えることにしました。img_1431

 

その際、民泊について、事実をまとめ、意見を出しましょう!というだけでは、子どもたちも、何を書けばいいのか思いつかないし、分かりません。

 

考える型や道筋を与えていないからです。

 

そこで、このようにしました。

 

民泊に関係する利害関係者をまず考えてもらいました。

 

<利害関係者>

部屋を貸し出す人(民泊物件所有者)、借りる人(旅行者など)、旅館・ホテル、民泊仲介業者(Airbnbなど)、民泊物件の近所の住民、国、市町村などimg_2255

 

そして、上記のように利害関係者をまず洗い出した上で、それぞれのメリット・デメリットを考えてもらいました。

 

そうすると、ただ漠然と考えるように言うよりも、考える対象が具体的になるので、深く考えられるようになります。

 

いかがでしょうか?

 

深く考えると言うのも技術です。武道や茶道で、守破離(しゅはり)と言う考え方があります。これは、個人のスキル(作業遂行能力)を3段階のレベルで表しています。

 

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まります。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破」ります。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。

 

このように、まずは型を使いこなせるように導いてあげることが重要なのではないかと最近つくづく思います。

プログラミング教育の導入スケジュールと必要性とは?

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小学校のプログラミング教育必修化まで2年を切りました。


「あまり実感が湧かない。」
「そんなにプログラミングって大事なの??」

と疑問に思われる保護者の方も多いと思います。
しかしながら、小学校だけでなく、中学校、高校、大学入試と順次導入が予定されていることは事実です。


プログラミング教育について、「週刊東洋経済」で大きく特集されていました。
本誌によるとスケジュールは下記となるようです。

2020年度 小学校 プログラミング体験が必修化 
     >現時点で小学4年生以下の子供が対象
2021年度 中学校 技術・家庭科でプログラミングに関する内容を拡充
2022年度 高等学校 プログラミングを含む「情報I」が必修化
2024年度 大学入試 「情報I」が国語・数学のような基礎的科目に
     >現時点で小学6年生以下の子供が対象
(注)2018年7月時点


現時点で小学4年生の子供は、2020年度の小学6年生の時に小学校でプログラミングが必修化されます。そして、中学・高校と入学からプログラミングを学んでいくことになり、大学入試でも国立大学などを受験する上で「情報I」が必要となります。


現時点で小学6年生の子供は、2021年度の中学3年生の時に中学校でプログラミングに関する内容が拡充されます。そして、高校は入学からプログラミングを学んでいくこととなり、大学入試でも前述の通り「情報I」が必要となります。


ただし本誌によれば、小学校のプログラミング教育の導入の狙いは、「プログラマーやエンジニアになってもらおうということではなく、あくまで日頃の生活とコンピュータとの関係を知り、プログラミングの考え方を身につけること」だそうです。


小学校では、算数・理科・音楽・国語などそれぞれの科目とプログラミングを組み合わせ、作図や作曲、クイズなどのゲーム作りなどを体験していくことが考えられています。


一方で、次のような意見も紹介されていました。

官民一体でプログラミング教育の普及を目指す「未来の学びコンソーシアム」の座長を務めるフューチャーグループの金丸恭文CEO(最高経営責任者)にその意義を聞いた。
(中略)
 今の社会で求められているのは、自分のアイデアをインターネット上で具現化し、新しいビジネスを作れる人。しかし日本では、ITを駆使して想像できる人材が質、量ともに不足しています。
(中略)
日本の小学校のプログラミング教育では、ブロックなどを動かしてコンピュータに支持するビジュアルプログラミングが主流になるようですが、小学校からコードを書き始めるべきです。課外活動に参加したり、民間の塾に通ったりしても良いでしょう。
 「コードを書く作業は自動化が進むから、プログラミングは不要だ」と批判する人もいます。
 確かに、喋った通りにコードを書いてくれるサービスが登場するかもしれない。ただ、プログラミングの思考法や知識が身についていなければ、素晴らしいプログラムを書くよう支持することはできないでしょう。
(出典:週刊東洋経済



ビジュアルプログラミングの代表例としては、viscuitやScratchといったものがあります。
こういったブロックを組み合わせるプログラミングだけではなく、小学生からコードを書くべき(文字を打ってプログラミングするべき)という意見に対し、みなさんはどのように考えますか?



プログラミング教育の必要性を考える上では、産業革命と経済・社会の変化ついて知ることが参考になるかもしれません。現代は第4次産業革命という言葉で表現されます。今までの産業革命を簡単にまとめると以下の通り。


第1次産業革命・・・水力や蒸気機関による工場の機械化
第2次産業革命・・・分業に基づく電力を用いた大量生産
第3次産業革命・・・電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化
第4次産業革命・・・IoT及びビッグデータとAIによるデータ化・分析・活用
※IoT(Internet of Things)...様々な「モノ(物)」がインターネットに接続され、情報交換することにより相互に制御する仕組み。それによるデジタル社会の実現も指す。
※ビッグデータ...一般的なデータ管理・処理ソフトウエアで扱うことが困難なほど巨大で複雑なデータの集合を表す用語。
※AI( artificial intelligence)...人工知能。人間の知的営みをコンピュータに行わせるための技術、またはプログラムのこと。


このようにみると、産業革命が起こるたびに、経済・社会も大きく変化したのだろうと容易に推測できます。つまり、産業革命は私たちの働き方や生活に大きな影響を与えているのです。


今はあらゆるものがインターネットにつながり、データ化され、コンピュータによって制御されています。そのコンピュータに指示を与えるプログラム。


第4次産業革命と言われる現代において、プログラミングなどの情報技術の重要性はさらに高まり、様々なサービス・製品が、情報技術を基に生み出されることが考えられます。


いかがでしょうか。
プログラミング教育の必要性を感じますか?

(第4次産業革命とは)
第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、次のようないくつかのコアとなる技術革新を指す。
一つ目はIoT及びビッグデータである。工場の機械の稼働状況から、交通、気象、個人の健康状況まで様々な情報がデータ化され、それらをネットワークでつなげてまとめ、これを解析・利用することで、新たな付加価値が生まれている。
二つ目はAIである。人間がコンピューターに対してあらかじめ分析上注目すべき要素を全て与えなくとも、コンピューター自らが学習し、一定の判断を行うことが可能となっている。加えて、従来のロボット技術も、更に複雑な作業が可能となっているほか、3Dプリンターの発展により、省スペースで複雑な工作物の製造も可能となっている。
(出典:内閣府)


 

哲学って何?

こんにちは。渡邊です。

 

最近、哲学の入門書のような本が売れているようです。ご多分にもれず、私も最近この手の本を読んでいます。

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なぜなら、哲学と歴史は、ヨーロッパのエリート養成を担ってきた教育機関では、長らく必修だったからと聞いたからです。

 

それでは、哲学とはどういうものでしょうか?


簡単にいうと、物事の本質を探求すること。なぜと問い続けながら、自分を取り囲む世界を、言葉によって意味付けることです。そもそも、哲学って何?と考えること自体が、哲学ということです。

 

では、なぜ哲学が、最近ますます重要視されるようになってきているのでしょうか?

 

哲学的な考えのプロセスは、目の前にある常識や暗黙の前提を意識的に疑ったり、批判したりすることから始まります。それによって、新たな課題を発見することにつながります。

 

ビジネスの世界でイノベーションを起こすということは、常に新たな課題を発見し、それを解決する商品やサービスを生み出すことです。

 

今世紀に入って、IT技術の急激な進化、グローバル化のさらなる進展、AIの開発など、目先の将来さえも見えない時代になってきています。

 

このような混沌とした時代を分析し、新たな課題を見つけ、その解決策を考え、新たな価値を創造していくためには、哲学的な考えのプロセスを持っておかなければいけないということだと思います。

 

従って、ヨーロッパやアメリカでは、エリートを要請する教育機関で重要視されてきたのだと思います。哲学的な考えのプロセスを持っているということは、ビジネスに大いに役立つからです。フランスでは、大学受験の必須科目として哲学の論文があるそうです。

 

社会のニーズが変われば教育は変わります。そして社会に出た後も、常に学び、考えることによって、自分を磨いていくことが成果を出す秘訣です。従来からの英語教育の広がりやプログラミング教育の必修化と同じように、2022年度から高校で必修となる「公共」という科目の中でも、哲学的に考えることがますます重要視されるようになります。

 

哲学的に考えたり行動することは、普段から、一人でもできます。本を読んで、考え、言葉にすることによって、それが可能になります。つまり、インプットしたことをきっかけとして、考えたり、疑問を持ったりし、言葉にし、他者と意見を交わすことによって、別の視点からの意見を受け入れ、考えをまとめていくプロセスです。

 

子どもたちに教えるだけではなく、我々大人も常にこういうことを意識していくことによって、普段から自分を磨いていきたいと思います。

 

 

 

歴史って何のために学ぶのですか?

こんにちは。渡邊です。

 

昨日は終戦記念日でしたね。

 

今日は、終戦記念日に関連して、歴史について考えたいと思います。

 

お盆の3日間は、私は毎年、歴史に関する本を読んだり、映画を見たり、インプットしたものについて考えたりしています。

 

歴史は中学生や高校生でも学びますが、我々世代の日本人は、近現代史について、学校であまり深く学んでいないのではないでしょうか?高校までの世界史や日本史では、第二次世界大戦後の現代に到達する前に時間切れとなることが多い気がします。

 

歴史を学ぶ意義とは何でしょうか?

 

高校生の頃は、センター試験などの大学入試のために学んだと考えられている方が多いのではないでしょうか?

 

大学入試のための歴史は、その目的からすると、一つ一つの情報を正確に暗記し、正解に導くという知識偏重の学び方ですが、本来、歴史を学ぶ目的はそうではないと思います。

 

歴史は、過去の出来事などから、なぜそれが起きたか、その理由や関係性を考え、その教訓を現代に活かすためにあるのではないでしょうか。過去の人々の叡智や失敗から学ぶことが大事なのだと思います。

 

世の中の経営者や成功された方々は、必ずといっていいほど、歴史を広く深く学んでいます。

 

東京工業大学で現代史を中心に授業をされている池上彰さんも、次のように言っています。

 

「歴史は決して暗記科目ではない。歴史の前後には常に因果関係があり、いくつもの出来事の積み重ねによって形づくられている。」

 

「近現代史は現代に生きる私たちにとって必須の教養だと思う。歴史を振り返ってみると、過去に起きた出来事が形を変えて、別の国や地域で繰り返されることがある。歴史を学ぶことによって今起きていることがこの後どのように進むかを推測できる。そういう力を身につけることが大事なのではないかと私は思っている。」img_0073

出所:「池上彰の18歳からの教養講座」池上彰著

 

もちろん、本を読んだだけでは、教訓として活かすことができません。暗記だけでも同じです。

 

そこから何を感じ取り、過去の事象の理由を考え、別の立場や考えの人とも議論を交わしたりして、深く考えることが重要です。そして、そこから得たことを将来に役立てるということが必要です。

 

中條高徳著「おじいちゃん戦争のことを教えて」(小学館文庫)によれば、img_1481

アメリカのスタンダードかどうか分かりませんが、著者のお孫さんが通っていたニューヨークのマスターズスクールでは、さまざまな国籍の生徒がいて、その生徒の家族関係者の戦争体験を聞くことを課題として出し、それについて授業で発表、ディスカッションするという授業があったとのことです。さらに、授業は、先生が話をするのは、最初の10分程度で、あとは生徒同士によるディスカッションが中心とのこと。

 

まさしく、歴史を学ぶ目的である「教訓を活かすこと」が重要視されている授業形態であると思います。さまざまな立場や考えを聞くことによって、関係性や因果関係を考え、それを将来に活かすということですよね。

 

オンリーワンスクールでも、子どもたちに、このような目的や授業形態で、教えていきたいですし、我々大人も、歴史について、さらに深く勉強していきたいとあらためて感じました。

「負けたら終わり」どう捉えますか?

100回目を迎える全国高校野球選手権記念大会が8月5日、阪神甲子園球場で開幕しました。


始球式を務めたのは「ゴジラ」の愛称で親しまれた松井秀喜さん。
松井秀喜さんは春夏合わせて計4回甲子園に出場し、1992年に巨人に入団、2003年にはメジャーリーグヤンキースに移籍し、その活躍から2013年には国民栄誉賞を受賞しています。


そんな松井秀喜さんが、朝日小学生新聞でインタビューに答えていました。

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(出典:朝日小学生新聞)

 

松井さんは「一番の思い出は?」という質問に対し以下のように答えています。(一部抜粋)

プロと違い、高校野球には「負けたら終わり」という中でしか出ない熱さがあります。仲間とともに濃い時間を過ごし、全員が熱量を持って野球をできたことは、今でもかけがえのない思い出です。
(出典:朝日小学生新聞)


「負けたら終わり」という言葉を、私は近頃素直に受け止めていなかったので、改めて考えさせられました。というのも、「プラス思考で物事を考えた方が、仕事もプライベートもうまくいく」という考え方に安易に染まっていたからです。
「人生は続く。負けても(失敗しても)次がある。経験を次に生かせばいいんだ。」と考るようになりました。


もちろん、プラス思考は大切な考え方だと思います。負けや失敗から何を学び、どのように次に生かすかが重要であるということは、皆様もご認識の通りです。
次のような有名な言葉もあります。

人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。
A man is not finished when he is defeated.  He is finished when he quits.
リチャード M ニクソン(Richard M Nixon)アメリカ第37代大統領(1969-1974)


しかし、「2018年 夏の甲子園」は2度とありません。
「負けたら終わり」であることは事実です。


高校野球に限らず、その他スポーツの大会、コンテスト、発表会、テスト、受験、プロジェクト、厳密にいえばあらゆる物事に2度目はない。時間を代表として何かしら条件が変わっています。


ここで考えさせられることは、「負けたら終わり」そのくらいの気持ちを持って日々、物事に取り組んでいるのかということです。安易にプラス思考を取り入れると、手を抜いて行動してしまいがちではないでしょうか。


もちろん、甲子園に対する特別な思いもあると思いますが、松井さんの言うような熱量をもって物事に取り組める理由は、「高校生」という枠があるせいでしょうか。
みなさんも十代の頃を思い出し、「なぜあんなに熱くなれたのか」と振り返り、「今の自分」と比較しみるのも良いかも知れません。

以下、「もし高校野球の監督になったらどんなチームを作るか」という質問に対する松井さんの回答です。(一部抜粋)

勝つことはもちろん大切ですが、高校野球という枠の中では社会に出て役立つ土台を築かせてあげたいです。高校野球で頑張ったからこそ今がんばれる。そういう気持ちを持てる人を育てて行きたいです。
(出典:朝日小学生新聞)


大きな熱量を持って取り組んだのであれば、どのような結果になろうとも、松井さんの言うような社会に出て役立つ土台を築くための何かを、得ることができるのではないでしょうか。
そして、物事に真剣に取り組む姿勢を身につけた上で、プラス思考を取り入れることが重要だと考えます。