考える力・アクティブラーニング

世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?

こんにちは。渡邊です。

 

先日、「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?」山口周著(光文社)という本を読みました。

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非常に共感・納得できる内容だったのでご紹介したいと思います。

 

著者によると最近は、MBA のような伝統的なビジネススクールへの出願者数が減少傾向にある一方で、アートスクールや美術系大学によるエグゼクティブトレーニングに多くのグローバル企業が幹部を送り始めているとのことです。

 

そして、今までのような分析、論理、理性に軸足をおいた経営から、それに加えて、全体を直感的に捉える感性、真・善・美の感覚(これらを総称して美意識という)を持った行動が求められるということです。

 

本書では、「経営における美意識」という言葉を次のように定義しています。企業活動における良い・悪いを判断するために認識基準であり、例えば、

・従業員や取引先の心をワクワクさせるようなビジョン

・道徳や倫理に基づき、行動を律する行動規範

・合理的かつ効果的な経営戦略

・顧客を魅了する商品・サービスや広告宣伝

などです。

 

では、なぜ美意識が必要なのでしょうか?

 

いくつかの論点が本書には書かれていますが、私なりに、簡略化して解釈すると、下記のようなことが理由だと思います。

 

今日のような複雑・不確実・技術変化のスピードが速い現代では、論理的で理性的な問題解決だけでは、無理があるということです。というのは、世界が複雑すぎて、分析・論理などの科学的なアプローチでは、意思決定に時間がかかりすぎてしまうということです。または、合理的に考えれば考えるほど、意思決定ができないという状態に陥るのです。従って、スピード感を持って変化に対応していくためには、感性や直感などが必要だということです。

 

特に、ITや人工知能の進化によって、過去には想像もつかなかったようなサービスがどんどん生まれてきています。そのような中、法律の整備が追いつかないという問題も発生しています。

 

従って、法律などの整備を待って意思決定すると、ビジネスチャンスを失う場合が出てきます。あるいは、整備の前に意思決定する場合でも、何が正しいか自分なりの哲学や感性などの判断基準を持って善悪を考えていくということが大事です。

 

例えば、今開発が進んでいる自動運転車などは、事故を起こした時に誰が責任を負うのか、明確になってはいません。さまざまな企業が連携して開発をしているわけですが、それぞれの企業がしっかりとした倫理観を持って、開発をしていかなければなりません。

 

人工知能もそうです。人工知能は自分で学習をしていきますから、暴走し、人間に不利益を被るようなことを起こすかもしれません。そうならないように、開発や活用段階での倫理観を企業がしっかりと持っておく必要があります。便利になるから開発を進めるという態度では、大きな問題を引き起こす可能性があります。

 

20年後や30年後は、さらに複雑で変化のスピードが早くなっていることは容易に想像できます。

 

そのような時代には、論理的思考力や分析力などの他に、価値観やものの考え方、感性、感覚的なスキルがより重要になってきます。

 

社会が変われば、教育も変わります。いえ、変わる必要があると言った方が良いでしょう。そういう感性を磨く教育も、今後は必要なのではないでしょうか?そんなことをあらためて考えさせられました。

 

ちなみに、この考え方は目新しいものではなくて、オックスフォードなどのヨーロッパのエリート養成校では、昔から特に哲学に代表される美意識の育成が重んじられてきたということです。

 

 

求められる「文章を書く力」 身につけるには?

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記述式の導入が注目されている大学入学共通テスト。


「文章を書くこと」は、小学生のうちから対応することが重要だということです。



読む人を意識した文章を
 大学入学共通テスト(以下「共通テスト」)にかぎらず、これからの入試は自分の考えを他の人に伝える力が求められます。こうした動きに対応するには小学校での勉強のしかたもかえていかなくてはなりません。たとえば、今の理科の実験は教科書に沿った内容を確認することが中心。でもこれからは実験後に結果を考察することや、さらに考察した内容を周りの人にわかりやすく表現することが求められます。
(中略)
 どうしてそのような結果になるのか。入試でも理由を問う出題が増えてきます。対応という意味では小学生のうちから文章を書き、ほかの人に読んでもらうことが重要となります。
(出典:朝日小学生新聞)



文章を書く力は、直前の対策で身につけることは難しいと考えられます。小学生の頃から慣れておき、文章を書くことに抵抗を持たせないことが重要でしょう。


以前にも書きましたが、
大学入試が変われば、その対策をする高校の教育も変わり、
高校の教育が変われば、当然高校側が欲しい人材も変わってくるわけなので、高校入試が変わり、
高校入試が変われば、その対策をする中学校の教育も変わり、、、
といったように、日本の教育全体が変わることが考えられます。


ということは、いずれは必然的に小学生のうちから文章を書く力が求められるわけですが、
皆さんのお子様の通われている学校の教育が、いつ変わるかはわかりません。


ここで生まれるのは教育格差。
英語、アクティブラーニング、プログラミングと、積極的な学校はすぐに取り入れていますが、全ての学校が対応していないのが現状です。


お子様が将来困らないように、今の教育の現状を把握し、環境を用意してあげることが重要だと考えられます。
家庭教育でも良いですし、民間の塾などに通わせることも良いのではないでしょうか。


朝日小学生新聞の記事にある「文章を書くこと」と「他の人に読んでもらうこと」は、家庭でもできると思います。
ただ、教育の現場でよく子どもに言われるのが、「書くのめんどくさい」です。
他人に読ませる以前に書いてくれない。皆さんの家庭ではいかがでしょうか。
子どもが「書くのめんどくさい」と言うときは、おそらく頭の中で書く内容が整理できていない状態だと思います。


そのような場合は、まずは会話から入ると良いかもしれません。
文章のテーマについて話を聞き、ときどき「それはなぜ?」「例えば?」と問いかけます。
会話の中で書く内容が整理されてきたところで、「じゃあそれを書いて」と私は言います。


全ての場合がこの方法でうまくいくわけではありませんが、少し協力してあげると書きやすいと思います。
回数を重ねることで、いずれはコツを掴み、自分の力で文章を書けるようになるのではないでしょうか。

みやぞんの言葉

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『謎とき冒険バラエティー 世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ)で一躍有名になったANZEN漫才のみやぞんさん。


8月10日放送の「anoter sky」(日本テレビ)に出演し、訪れたスペインの地で自身の生い立ちや芸人を目指したきっかけ、生き方などを語っていました。(スペインはイッテQ!の企画でアクロバット闘牛を成功させた場所。これがきっかけでさらに人気者に。)


普段テレビで見られる「おもしろい」「楽しい」みやぞんさんからはわからない一面を見ることができ、みやぞんさんの言葉がとても心に響きました。
みやぞんさんは今ではとても明るいキャラクターですが、少年時代は辛い時期もあったそうです。


僕は昔「馬鹿だ馬鹿だ」って言われてましたずっと

でも人には人の個性があるからいいかなと
それぞれの人の個性に良い悪いないなと思いました

僕は結構落ち込んだんですけど

色々ないものねだりの時代はありました
なんでうちだけ貧乏なんだろうとか

でも貧乏だから頑張ろうと思えたし
全てプラスに

勉強ができないから色んな経験したいなと思ったし
そういうマイナスの要素が逆に僕をやる気にさせてくれた

(みやぞんさんのコメント 2018年8月10日放送another skyより)



馬鹿とはどのような人のことをいうのでしょうか。
勉強ができないとは学校のテストで点が取れないことでしょうか。


みやぞんさんは独学でギターを弾くことができるようになりました。
高校時代は野球部に所属し、エースピッチャーで4番を務め、大学からスカウトもあったそうです。
イッテQ!でも様々な企画に挑戦し、見事に成功させています。


上達するにはどうすべきか考え、学び、行動してきた結果ではないでしょうか。


個性とはなんでしょう。
「個性(こせい)とは、個人や個体の持つ、それ特有の性質・特徴。特に個人のそれに関しては、パーソナリティと呼ばれる。」
(Wikipediaより)


個性は誰もが必ず持っているもの。このように改めて定義を確認すると、みやぞんさんの言う「個性に良い悪いはない」という言葉も納得できます。「テストの点数が低い」=「個性が悪い」ではないし、「運動が得意ではない」=「個性が悪い」ではないということです。


「個性に良い悪いはない」と理解することができれば、プラス思考に転換し、みやぞんさんのように行動も変わってきます。
また、自分の個性だけでなく、自分以外の個性も受け入れられるようになり、周りの人間関係が良好になっていくことが考えられます。


個性に関して注意すべき点は、簡単に物事を諦めて「個性だから」と逃げないことではないでしょうか。あらゆる物事に対して、問題が発生した時に解決しようとせず、簡単に投げ出してしまう人間になってしまうからです。どこで見極めるのかは難しいところですが、対処法として、「3ヶ月は頑張ってみる」といった期間を定めたルールなどを決めておくことも、1つの方法かもしれません。
ただ、「すぐ諦めるのも個性です」と言われれば言葉の返しようがありません。「どのような人間になりたいか」「どのような人生を送りたいか」を考慮していただき、皆様に判断を委ねたいと思います。



とりあえず僕 面白くないんですよ
ネタもできなければ

色んな人に助けてもらって やってる感じがするんで

本当に目の前の人をどうにか一生懸命
少しでもちょっとでも心を軽くする
っていう気持ちでやってますけどね

もうそれしか考えてないっていうか

(みやぞんさんのコメント 2018年8月10日放送another skyより)



みやぞんさんの尊敬すべきところは、 ありのままの自分を受け入れ、自分にできることが何かを見つけ出し、実行する力と強い信念を持っていることだと私は考えます。
頭ではわかっていながらも、誰しもなかなか無い物ねだりの思考から脱却できないのではないでしょうか。みやぞんさんはその時期を乗り越え、自分自身と向き合って生きることができているのだと思います。 



「another sky」の締めのコメントもとても印象深いものでした。



今田さん「みやぞんにとってスペインはどんな場所ですか?」
みやぞんさん「地球の中の1つの場所」

(2018年8月10日放送another skyより)

「確かにその通り(笑) いや、、、みやぞんは全体を見て1つのことにとらわれない思考の持ち主なのでは。。」
考えすぎでしょうか。


みなさんは、みやぞんさんの言葉をどのように受けとめますか?

深く考えるとは?

こんにちは。渡邊です。

 

さて、突然ですが、深く考えるとは、どういうことでしょうか?

 

一つの事象について掘り下げて考えること!

 

という答えが返ってくるかと思います。

 

では、掘り下げるとは?

 

トヨタ式で有名ななぜを五回くりかえすというのが、皆さんは一番イメージが湧くのではないでしょうか?

 

子どもでも大人でも同じですが、考えましょう!と相手に言っても、「考える方法論」が分からないと難しいかと思います。

 

従って、その型や道筋があると考えやすいということになります。

 

では、どんな型を使って考えれば良いのでしょうか?

 

これも、普段の生活や仕事をイメージすれば、いろいろな型を使って考えていることが分かります。

 

例えば、考える型として、下記のようなものが思いつくのではないかと思います。

 

・比較する

・(本質を)探求する

・関係性を考える

・多面的に考える

・長期的に考える

など

 

他にもさまざまあるでしょうが、これらは普段から自然と行なっていることが多いのではないでしょうか?

 

例えば、家庭での料理を題材にすると、

今日は何を作ろうかと料理を頭の中で発想し、比較する。この時に、家族の顔を思い出し、それぞれの立場に立って(多面的に)、献立を考える。普段から、長期的な健康のために気を使って材料を購入する。など、料理だけでもこのように考える型を使っているわけです。

 

これを、教育や人間の成長に置き換えると、そのような型をいつでも使いこなせるように慣れさせることが大事です。

 

経営学でいうと、この型は、フレームワークと言います。PEST分析や3C分析といったような名前がつけられています。

 

名前はともかくとして、このような考えるためのフレームワーク、道筋を普段から意識して使えるようにすることが、社会に出て活躍していく、成果を上げていくために重要だと私たちは思っています。

 

先日も、小学6年生のレッスンで、民泊について考えました。朝日小学生新聞に民泊の記事があったので、それを解説して、考えることにしました。img_1431

 

その際、民泊について、事実をまとめ、意見を出しましょう!というだけでは、子どもたちも、何を書けばいいのか思いつかないし、分かりません。

 

考える型や道筋を与えていないからです。

 

そこで、このようにしました。

 

民泊に関係する利害関係者をまず考えてもらいました。

 

<利害関係者>

部屋を貸し出す人(民泊物件所有者)、借りる人(旅行者など)、旅館・ホテル、民泊仲介業者(Airbnbなど)、民泊物件の近所の住民、国、市町村などimg_2255

 

そして、上記のように利害関係者をまず洗い出した上で、それぞれのメリット・デメリットを考えてもらいました。

 

そうすると、ただ漠然と考えるように言うよりも、考える対象が具体的になるので、深く考えられるようになります。

 

いかがでしょうか?

 

深く考えると言うのも技術です。武道や茶道で、守破離(しゅはり)と言う考え方があります。これは、個人のスキル(作業遂行能力)を3段階のレベルで表しています。

 

まずは師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まります。その後、その型を自分と照らし合わせて研究することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破」ります。最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。

 

このように、まずは型を使いこなせるように導いてあげることが重要なのではないかと最近つくづく思います。

哲学って何?

こんにちは。渡邊です。

 

最近、哲学の入門書のような本が売れているようです。ご多分にもれず、私も最近この手の本を読んでいます。

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なぜなら、哲学と歴史は、ヨーロッパのエリート養成を担ってきた教育機関では、長らく必修だったからと聞いたからです。

 

それでは、哲学とはどういうものでしょうか?


簡単にいうと、物事の本質を探求すること。なぜと問い続けながら、自分を取り囲む世界を、言葉によって意味付けることです。そもそも、哲学って何?と考えること自体が、哲学ということです。

 

では、なぜ哲学が、最近ますます重要視されるようになってきているのでしょうか?

 

哲学的な考えのプロセスは、目の前にある常識や暗黙の前提を意識的に疑ったり、批判したりすることから始まります。それによって、新たな課題を発見することにつながります。

 

ビジネスの世界でイノベーションを起こすということは、常に新たな課題を発見し、それを解決する商品やサービスを生み出すことです。

 

今世紀に入って、IT技術の急激な進化、グローバル化のさらなる進展、AIの開発など、目先の将来さえも見えない時代になってきています。

 

このような混沌とした時代を分析し、新たな課題を見つけ、その解決策を考え、新たな価値を創造していくためには、哲学的な考えのプロセスを持っておかなければいけないということだと思います。

 

従って、ヨーロッパやアメリカでは、エリートを要請する教育機関で重要視されてきたのだと思います。哲学的な考えのプロセスを持っているということは、ビジネスに大いに役立つからです。フランスでは、大学受験の必須科目として哲学の論文があるそうです。

 

社会のニーズが変われば教育は変わります。そして社会に出た後も、常に学び、考えることによって、自分を磨いていくことが成果を出す秘訣です。従来からの英語教育の広がりやプログラミング教育の必修化と同じように、2022年度から高校で必修となる「公共」という科目の中でも、哲学的に考えることがますます重要視されるようになります。

 

哲学的に考えたり行動することは、普段から、一人でもできます。本を読んで、考え、言葉にすることによって、それが可能になります。つまり、インプットしたことをきっかけとして、考えたり、疑問を持ったりし、言葉にし、他者と意見を交わすことによって、別の視点からの意見を受け入れ、考えをまとめていくプロセスです。

 

子どもたちに教えるだけではなく、我々大人も常にこういうことを意識していくことによって、普段から自分を磨いていきたいと思います。

 

 

 

歴史って何のために学ぶのですか?

こんにちは。渡邊です。

 

昨日は終戦記念日でしたね。

 

今日は、終戦記念日に関連して、歴史について考えたいと思います。

 

お盆の3日間は、私は毎年、歴史に関する本を読んだり、映画を見たり、インプットしたものについて考えたりしています。

 

歴史は中学生や高校生でも学びますが、我々世代の日本人は、近現代史について、学校であまり深く学んでいないのではないでしょうか?高校までの世界史や日本史では、第二次世界大戦後の現代に到達する前に時間切れとなることが多い気がします。

 

歴史を学ぶ意義とは何でしょうか?

 

高校生の頃は、センター試験などの大学入試のために学んだと考えられている方が多いのではないでしょうか?

 

大学入試のための歴史は、その目的からすると、一つ一つの情報を正確に暗記し、正解に導くという知識偏重の学び方ですが、本来、歴史を学ぶ目的はそうではないと思います。

 

歴史は、過去の出来事などから、なぜそれが起きたか、その理由や関係性を考え、その教訓を現代に活かすためにあるのではないでしょうか。過去の人々の叡智や失敗から学ぶことが大事なのだと思います。

 

世の中の経営者や成功された方々は、必ずといっていいほど、歴史を広く深く学んでいます。

 

東京工業大学で現代史を中心に授業をされている池上彰さんも、次のように言っています。

 

「歴史は決して暗記科目ではない。歴史の前後には常に因果関係があり、いくつもの出来事の積み重ねによって形づくられている。」

 

「近現代史は現代に生きる私たちにとって必須の教養だと思う。歴史を振り返ってみると、過去に起きた出来事が形を変えて、別の国や地域で繰り返されることがある。歴史を学ぶことによって今起きていることがこの後どのように進むかを推測できる。そういう力を身につけることが大事なのではないかと私は思っている。」img_0073

出所:「池上彰の18歳からの教養講座」池上彰著

 

もちろん、本を読んだだけでは、教訓として活かすことができません。暗記だけでも同じです。

 

そこから何を感じ取り、過去の事象の理由を考え、別の立場や考えの人とも議論を交わしたりして、深く考えることが重要です。そして、そこから得たことを将来に役立てるということが必要です。

 

中條高徳著「おじいちゃん戦争のことを教えて」(小学館文庫)によれば、img_1481

アメリカのスタンダードかどうか分かりませんが、著者のお孫さんが通っていたニューヨークのマスターズスクールでは、さまざまな国籍の生徒がいて、その生徒の家族関係者の戦争体験を聞くことを課題として出し、それについて授業で発表、ディスカッションするという授業があったとのことです。さらに、授業は、先生が話をするのは、最初の10分程度で、あとは生徒同士によるディスカッションが中心とのこと。

 

まさしく、歴史を学ぶ目的である「教訓を活かすこと」が重要視されている授業形態であると思います。さまざまな立場や考えを聞くことによって、関係性や因果関係を考え、それを将来に活かすということですよね。

 

オンリーワンスクールでも、子どもたちに、このような目的や授業形態で、教えていきたいですし、我々大人も、歴史について、さらに深く勉強していきたいとあらためて感じました。

「負けたら終わり」どう捉えますか?

100回目を迎える全国高校野球選手権記念大会が8月5日、阪神甲子園球場で開幕しました。


始球式を務めたのは「ゴジラ」の愛称で親しまれた松井秀喜さん。
松井秀喜さんは春夏合わせて計4回甲子園に出場し、1992年に巨人に入団、2003年にはメジャーリーグヤンキースに移籍し、その活躍から2013年には国民栄誉賞を受賞しています。


そんな松井秀喜さんが、朝日小学生新聞でインタビューに答えていました。

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(出典:朝日小学生新聞)

 

松井さんは「一番の思い出は?」という質問に対し以下のように答えています。(一部抜粋)

プロと違い、高校野球には「負けたら終わり」という中でしか出ない熱さがあります。仲間とともに濃い時間を過ごし、全員が熱量を持って野球をできたことは、今でもかけがえのない思い出です。
(出典:朝日小学生新聞)


「負けたら終わり」という言葉を、私は近頃素直に受け止めていなかったので、改めて考えさせられました。というのも、「プラス思考で物事を考えた方が、仕事もプライベートもうまくいく」という考え方に安易に染まっていたからです。
「人生は続く。負けても(失敗しても)次がある。経験を次に生かせばいいんだ。」と考るようになりました。


もちろん、プラス思考は大切な考え方だと思います。負けや失敗から何を学び、どのように次に生かすかが重要であるということは、皆様もご認識の通りです。
次のような有名な言葉もあります。

人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。
A man is not finished when he is defeated.  He is finished when he quits.
リチャード M ニクソン(Richard M Nixon)アメリカ第37代大統領(1969-1974)


しかし、「2018年 夏の甲子園」は2度とありません。
「負けたら終わり」であることは事実です。


高校野球に限らず、その他スポーツの大会、コンテスト、発表会、テスト、受験、プロジェクト、厳密にいえばあらゆる物事に2度目はない。時間を代表として何かしら条件が変わっています。


ここで考えさせられることは、「負けたら終わり」そのくらいの気持ちを持って日々、物事に取り組んでいるのかということです。安易にプラス思考を取り入れると、手を抜いて行動してしまいがちではないでしょうか。


もちろん、甲子園に対する特別な思いもあると思いますが、松井さんの言うような熱量をもって物事に取り組める理由は、「高校生」という枠があるせいでしょうか。
みなさんも十代の頃を思い出し、「なぜあんなに熱くなれたのか」と振り返り、「今の自分」と比較しみるのも良いかも知れません。

以下、「もし高校野球の監督になったらどんなチームを作るか」という質問に対する松井さんの回答です。(一部抜粋)

勝つことはもちろん大切ですが、高校野球という枠の中では社会に出て役立つ土台を築かせてあげたいです。高校野球で頑張ったからこそ今がんばれる。そういう気持ちを持てる人を育てて行きたいです。
(出典:朝日小学生新聞)


大きな熱量を持って取り組んだのであれば、どのような結果になろうとも、松井さんの言うような社会に出て役立つ土台を築くための何かを、得ることができるのではないでしょうか。
そして、物事に真剣に取り組む姿勢を身につけた上で、プラス思考を取り入れることが重要だと考えます。

リベラルアーツが大事!!

こんにちは。渡邊です。

 

先日、ボーク重子さんの講演で感じたことを書きましたが、今回は第二弾です。

先日の内容はこちらから↓

http://iot-makers.co.jp/blog/?p=1144

 

前回はパッションが大事という内容でしたが、

今回は、目標設定とコミュニケーションです。

 

ボーク重子さん曰く、

「ゴール設定して確実に目標にたどり着くことは、一種の能力だ!!」と。つまり、PDCA(※)を回して、夢や目標にたどり着くという能力は、教育することが可能ということです。

 

(※)PDCAとは、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を繰り返すことによって、目標に対する行動を改善していく手法です。

 

ちなみに、現在、アメリカのメジャーリーグで活躍中の大谷選手(野球選手)も高校生の頃から、プロ野球で活躍するために、目標設定・実行の仕組み、すなわちPDCAサイクルを回すためのマンダラチャートというツールを使っていました。そして、あの大活躍です!!

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ボーク重子さんは、その中でも、夢や目標設定をすることが非常に重要だと仰っていました。娘さんのスカイさんも、日本とアメリカの高校生は、大きな違いはないと言っていました。ただし、アメリカの大学は、大学をリベラルアーツの内容で選ぶと。これは100年前から変わらないプログラムで、本当に好きなことを見つけるためには、いろいろな世界を幅広い視野で知らなければいけないということらしいです。

 

リバラルアーツについては、下記の記事が参考になります。

https://toyokeizai.net/articles/-/13697

 

 

つまり、リベラルアーツの言葉の意味どおり、自分で好きなことを探せる自由があるということです。

 

大谷選手が使っていたように、PDCAサイクルを回すためのツールは、非常にたくさんあります。ただ、夢や目標を設定するツールは、あまりないのではないでしょうか?

 

それは、その設定自身が、非常に奥深いものだからだと思います。

 

自分が生きている意味は何か?社会貢献とは何か?我々の世代が、後世に残すことは何か?などなど。

 

そういう哲学的なこと、歴史的な背景なども考えていかなければ、本当の意味での目標は見つからないのかも知れません。

 

海外ではそのような教育をしているということです。

 

日本ではどうでしょうか?

 

グローバル化で海外の人と一緒に仕事をすることが、今後はますます増えます。日本人同士でも、会社組織やチームで仕事をするときには、協調性や協働性を求められます。日本人は文化が同じなので、あ・うんの呼吸で通じる部分もありますが、海外の人は通じません。そのときこそ、意見を言い合う文化も必要ですし、仲良くなるための共通言語として、歴史や文化、哲学やアートといった、リベラルアーツが本当に必要なのではないかと思います。

 

さらに、ボーク重子さんのご家庭では、社会的なトピックについても興味を持ち、自らの意見を言う習慣をつけるためにも、夕飯で必ず、社会的なトピックについてコミュニケーションをすることを重要視していたそうです。

 

例えば、同じ記事、同じ本、ニュースについて、家族で意見交換をするなど。

そして、ボーク重子さんは、わざと天の邪鬼な意見を出して考えさせるようにしていたとも(笑)

 

それに対し、娘さんのスカイさんも、幼少の頃から、さまざまな人のいろいろな意見を聞けて、視点や考え方が増えたと言っていました。

 

さまざまな体験や社会トピックなどに触れるということは、その中から、興味を持つ分野ができ、さらにはそれが自分の目標設定になり、努力を継続することによって社会に貢献できる、という良い循環が生まれると思います。そして、それが自己肯定感につながる、そんな教育を弊社も目指していきたいなと思いました。

 

 

難関大の学生でも世界で通用しない?

慶應義塾大学理工学部長、慶應義塾大学大学院理工学研究科委員長、第17代慶應義塾長などを歴任してき元中央教育審議会会長の安西祐一郎さん
安西さんの日本の教育に対する考えが、読売新聞に載っていました。


改革の波 高校教育にも
 中央教育審議会は1999年、「多様な入試を行うべきだ」との答申を行なった。だが私が2014年に会長に就任するまで、ほとんど何も変わらなかった。そこで、会長としてこの年、大学入試だけでなく、高校や大学の教育も抜本的に変える提言を行なった。
 背景として、従来の入試をくぐって難関大に入学した学生の多くが、世界の舞台では通用しないことを痛感していた点が大きい。これから国際社会で生きて行くには、知識はもちろん、考えたことを相手の立場を配慮した上で、言葉を選んで表現する力が問われると考えたからだ。
 こうした力を高校までに身につけるには、受け身の学習ではなく、国語で論旨が明確な文章を書いたり、英語で「書く」「話す」能動的な訓練を重ねたりすることが重要だ。入試を変えることで高校教育は変わる。
 「一発勝負、1点刻み」の入試は早晩、消えて行くだろう。2021年から始まる「大学入学共通テスト」の導入は、明治時代以来の日本の教育の在り方を変えることを目指している。


(出典:読売新聞)

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「従来の入試をくぐって難関大に入学してきた学生の多くが、世界の舞台では通用しないことを痛感していた」


この言葉はとても印象に残りました。


「難関大の学生で世界に通用しないなら、一体どのような進路に進めば良いのだろう。」
「難関大の学生で世界に通用しないなら、大学では一体何を学んでいるんだろう。」
こんなことを考えてしまいます。


また、「入試を変えることで高校教育は変わる。」ということは、「高校は大学入試対策をする場所なのだろうか。」とも考えてしまいます。
つまり、「これからは表現力を伸ばす教育が必要だ」と社会で求められても、大学入試に必要ないのであれば、従来の教育を変えることはないということになります。

ここでは「勉強の目的は何か」を考えさせられます。
いつの間にか「入試に合格して大学に入学すること」が目的になっているのではないでしょうか。
本来であればその先、「世界を舞台に活躍すること」が目的としてあるはずです。


しかしながら、高校側にしてみれば難関大学に合格する生徒を増やして知名度を上げたいでしょうし、保護者からしてみれば「偏差値の高い大学に入ればいい人生を送れる」といった考えも未だにあるのではないでしょうか。これが今の日本の現実なのかもしれません。


このような背景を踏まえた上で、安西さんは「入試を変えることで高校教育は変わる。」と考えているのではないでしょうか。
また、「大学入学共通テスト」の導入は、高校教育のみならず、日本の教育全体を変える第一歩と捉えて良いかもしれません。
大学入試が変われば高校教育が変わリ、高校教育が変われば高校入試が変わり、高校入試が変われば中学校教育が変わり・・・というように変わっていくことが期待できるからです。


急速に進むグローバル化の中で、
日本の未来を左右する教育改革が始まっています。

AO・推薦 急拡大のわけとは?

大学でAO(アドミション・オフィス)入試・推薦入試が急拡大する理由は、「優秀な学生を獲得したい」という理由だけではないようです。

 

 


 1990年、神奈川県藤沢市に開設された慶応大湘南藤沢キャンパス(SFC)は、日本で初めてAO(アドミッション・オフィス)入試を導入した。1点刻みの学力試験が主流の中、受験生が自由に応募でき、書類と面接で先行する手法は注目を集めた。
(中略)
 AO入試でSFCに入学したIT企業の男性(35)は中学時代、生徒会で募金活動を行い、ボランティアについて勉強したいと考えた。面接では、問題意識や入学後の勉強などについて具体的に聞かれたという。「自分が何を学び、どんな大人になりたいかを真剣に考えた」と振り返る。
(中略)
 知識量ではなく、人格や高校時代の活動などを評価するAO入試や推薦入試は次第に拡大した。中央教育審議会も97年の答申で「総合的かつ多面的な評価など丁寧な選抜」の必要性を指摘するなど後押しした。2000年度には早稲田大や筑波大などもAO入試を導入。00年度、全大学の入学者のうちAO入試合格者は1.4%だったが、17年度は9.1%に増えた。
 東京大も16年度に推薦入試を導入し、77人が合格した。

出典:読売新聞

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本来であれば、
大学側にとってAO入試の導入は「優秀な学生を獲得するため」という目的であるはずです。
また、学生側もAO入試を受けるにあたり「自分が何を学び、どんな大人になりたいか」真剣に考える良い機会となります。



しかしながら、別の目的でAO入試を導入する大学もあるようです。

 優秀な学生を狙って導入する大学と経営維持を目的とした学生集めのために行う大学に二極化した。
 首都圏のある私立大教授は「定員を埋めるため、極度に学力の低い受験生でもAO入試で合格させる」と漏らす。
(中略)
 学生募集に苦しむ大学ほど、入学者のうちAO入試などの合格者が占める割合は高い傾向がある。文部科学省の12年度の調査では、定員充足率が50%を割る27大学の入学者中、AO・推薦入試の合格者は80%を超えていた。

出典:読売新聞

本来のあるべき目的とは異なり、「定員確保のため」という目的でAO入試を導入している大学もあるということです。
その結果、大学生の学力低下が問題視されています。

AO・推薦入試の合格者が80%を超える大学があるということはあまり知られていない事実ではないでしょうか。


このような状況から、文科省は21年度からAO・推薦入試に学力試験を義務付ける方針だということです。